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うつにっき -うつ病の治療きろく-

うつ病の治療や過去の振り返り、新しい生き方の模索などを記録していくブログです。

貧困報道問題から感じた貧困問題におけるもう一つの側面

雑記

貧困報道問題がヤフーのトップページに

出てくるまでになってきているようですね。

 

headlines.yahoo.co.jp

 

家計が苦しいために、パソコンを購入することはできない。だから、キーボードだけ買って、タイピングの練習をする。進学だって、諦めざるを得ない。

 

 と番組の中では紹介されているものの、

 

その部屋のなかに、アニメグッズやイラスト用のペン、エアコンのようなものが映り込んでいたことから、ネット上で「貧しくない」という批判が渦巻いた。

その後、生徒のツイッターアカウントが「発見」されると、炎上は拡大。「アーティストのライブに行っている」「1千円以上のランチを食べている」などと、生活のあらゆる側面がバッシングの対象となった。

 

ということで炎上騒ぎになっているらしいです。

 

貧困のハッキリとした定義は知りませんが、

例えば両親と子供1人の世帯で300万円以下の年収であれば、

貧困家庭であったとしましょう。

 

その場合、その収入の範囲内で何を買おうが

貧困家庭であるという事実は変わりません。

 

パソコンを買わずに、アーティストのライブに行こうが、

高級ブランドのバッグを買おうが関係無いのです。

 

そもそも(生活保護で無ければ)世帯で

稼いだお金であり、使い道は自由。

その点だけでいえばバッシングされる理由はないはずです。

 

問題になっているのは「パソコンも買えない」、

「進学もできない」のを貧困のせいにしておきながら、

 

その一方で、それらが実現できる程度のお金を

別のところで使っているというところに

多くの人が引っかかるからじゃないでしょうか。

 

 

こういう報道を見ていてよく思うのは、

貧困問題というのは収入の少なさだけでなく、

 

お金の最適な使い方や自己実現を達成する方法が分からない

という問題も含めて考えたり、

支援しないといけないんじゃないかなと思います。

 

経済面だけいくら援助したところで、

そういったことができない限りは、

どこまで行っても変わらないんじゃないかとさえ感じます。

 

上手く表現できないのですが、

私にはどうも貧困家庭であれば、

貧困を目指してしまうというバイアスのようなものが

本人の潜在意識として掛かっている気がしてならないのです。

 

 

パソコンが欲しければ中古で1万円ほどでも十分にありますし、

大学に行きたければ、奨学金を貰うという選択以外にも、

働きながら放送大学で勉強するという手もあります。

 

これらは決して、バッシングの対象になる、

アーティストのライブや贅沢なランチの全てを

我慢しなければ達成できない事ではありません。

 

他にも無駄だと思われる支出は多くあると思います。

 

携帯電話は格安SIMを使わずに、

ドコモなどでパケット定額プランに入っていたり、

 

絶対に必要でもないのに車は2台持ちであったり、

光熱水費(通信費もですね)が無駄に高かったり、

訳も分からず無駄に保険に加入していたり。

 

自分自身や家族に対するマネージメント能力や

情報収集能力の不足が、収入面だけでなく、

支出面でも顕著に表れているケースは多いと思います。

 

でも当の本人たちは本気で節約しているのかもしれないし、

ここまで頑張っているのに自分の夢は叶えられないと

本気で思っている可能性は強いかもしれません。

 

バッシングの対象になっているライブやランチは、

良好な人間関係を保つために必要な部分もあると思いますし、

そこを激しく非難するだけで終わらせるのは残念です。

 

収入が少なかったとしても、

どのようにその範囲内で最適な使い方ができるのか、

優先順位を付けて、何を死守して、何を諦めて、何を妥協するのか。

そして最終的には本人が自分自身で納得できるようにする。

 

無いものねだりばかリして、

何も変わらず、世の中に不満を持つだけでは、

いくら経済的に支援しても死に金になってしまいます。

 

いくら国家財政が厳しいとか不景気とか言ったところで、

日本が安全で豊かな国であることは間違いありません。

 

国や地方自治体の財政が厳しい状況であることも含めて、

限られた環境の中でも

いかに自己実現を図っていくかの支援をすることが、

今後の貧困対策において重要なんじゃないかなと思います。