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うつにっき -うつ病の治療きろく-

うつ病の治療や過去の振り返り、新しい生き方の模索などを記録していくブログです。

以前のように仕事が進められない②

日々の体調や状態

 先日、以前のように仕事が進められないことについて書いたのですが、今日はその続きについて書いてみようと思います。

 

for-happy-life.hatenablog.com

  前回は、徐々に仕事を与えられるようになってきたけれども、やってみる前に立ち止まってしまう、先が見通せない、再発が怖いということを書きました。

 仕事をするための体力、気力、頭の回転、ストレス耐性などが落ちていて、内部の人間ともコミュニケーションがままならない状態で、少しでも踏み出していくにはどうしたらいいのでしょうか。

 これは仕事に限らず、プライベートでも同じような状況が起きています。少しずつ回復してきて、何かをやりたいなぁという意欲は出てきました。でも、実際に行動に移すのに凄い踏ん切りが必要で、いざやってみてもちょっとしたことでつまづいてしまいます。そして、落ち込む。本当にちょっとしたことなのに。ちょっといつもと違うところに出掛けるとか、家庭菜園するとか、車のスピーカー交換するとか、そんなレベルの事です。

 プライベートがそんな感じなのに、仕事がまともにできる訳がありません。職場ではデータ入力や整理などを頼まれては、仕事が速いねと褒めてはくれますが、それにも不安を感じています。仕事ができないにも関わらず褒めてくれる=もう普通に仕事ができると思われることに対してです。

 身体で覚えているようなタイピングや簡単なデータ整理は今の私の状態でもそれなりにできます。もともとそういったことは得意な方でしたから、お世辞でも無く、本心で言ってくれているのかもしれません。でも、それは例えるなら歩くぐらいの負荷。それならできるんです。でも、ジョギングやダッシュは厳しい。その辺りはなかなか理解してもらえません。

 自分で仕事の組み立てをしないといけなくなると、頭の中で整理して組み立てられないし、人との調整などプレッシャーに感じる部分でどうしても不安で立ち止まってしまいます。

 不安というのは冷たいプールのようなもので、飛び込むまでは冷たそうで入るのを躊躇いますが、一度飛び込んでみれば、しばらくすると冷たさに慣れてなんとかなることが多いように思います。とはいえ、私の場合はそれで2度心臓マヒを起こしてしまったようなもの。飛び込んでみれば大丈夫だよと言われても本能レベルでそれを拒否しようとしてしまうのは仕方が無いのかもしれません。

 ただ、通常は時間を掛けずに飛び込まないといけないとしても、今の私には時間的な猶予は与えられています。しかも、プールの温度はちょっとぬるめ。プールに入れない人間はクビにならなくてもいつか不要とされてしまいます。結局は、与えられた猶予時間を使いながらぬるいプールで少しずつ慣らしていくしかないと感じています。

 忘れてはいけないのは、立ち止まることこそが本当にリスクであるということ。大抵の不安というものは動いているうちに解決したり、解決の糸口や別の方法が見つかったり、どうでも良くなっていくことが多いものです。逆に、立ち止まっているとその不安に飲み込まれそうになります。

 今の状態では向き合えないほど強い不安は避ける(仕事そのものを断る)べきかもしれませんが、向き合えるものは何が不安なのかを自分に問いかけながら、解決できるものは自分で解決して、ハードルが高いものは誰かに助けてもらうなどしながら、少しずつ自分ができる仕事のレベルを高めていきたいと思います。