読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

うつにっき -うつ病の治療きろく-

うつ病の治療や過去の振り返り、新しい生き方の模索などを記録していくブログです。

なぜフリーランスや起業宣言の若者に不快感を感じたのか

 こちらのブログ記事を読んで思い出したことがあるので、今日はそのことについて書いてみたいと思います。下の記事と内容は異なりますが、言いたいことは似ています。

 キングコング西野の言動については以前から好きではありませんでしたが、絵本自体は思っていたものよりも遥かに素晴らしいものでした。この記事を読むよりも先に絵本を観て、いろいろ言う人だけど才能あるんだなぁと思っていただけに残念です。

mistclast.hatenablog.com

 さて、ここからか本題です。何カ月か前のことですが、就活失敗したからフリーランスで生きていくとか、大学が面白くないから退学して起業すると宣言している若者のブログが盛り上がっているのを見掛けました。

 これらの宣言に対して、私が受けた印象は良いものではありませんでした。そして、少し辛辣なコメントを残したことを記憶しています。

 ブログの文面からしか彼らの人柄や能力、価値観を推し量ることはできませんが、失敗する可能性が非常に高いと感じたことや、私立大学まで行かせてもらっているのに、その出資者である親さえもきちんと説得できていないように読み取れたからです。

 親の期待どおりに生きていく必要は全くないけど、親の気持ちを無視するような生き方もあまり良くないと思ってしまいます。

 彼らの言うレールに沿った人生とは、大学を卒業してからサラリーマンとして生きていくことを指していると思いますが、確かに多くの場合は多かれ少なかれ妥協を含んでいます。

 組織に属すれば、自分の好きなように仕事は選べないし、人間関係も選べない、規則などに縛られる。それは多くの場合間違いありません。逆に組織の各種資源を活用したり、守ってもらえることもあります。別にフリーランスや起業しても縛られるのは縛られるはずなんですけどね。

 それでも、周りが何と言おうと自分がやりたいことを仕事にする!と決断して、実行することは羨ましくもあり、素晴らしいことでもあると思います。周りはとやかくは言うけれども、肉親を除いては、責任を取ってくれることはほぼありえません

 一度しかない人生ですし、失敗しても全てが終わる訳じゃない。チャレンジしないと何も生まれない。レールなんかに必ずしも縛られる必要は無いという彼らの主張はもっともです。

 私からしても見ず知らずの若者がフリーランスになろうと、起業しようと関係ないし、その結果がどうなろうと別に迷惑は掛かりません。

 でも、妙な苛立ちが残っていました。理由はただ一つ。彼らは自分の主張だけをすればいいものを、レールの上を一生懸命生きている多くの人たちを否定するかのような表現をしているように感じたからです。

 彼らはなぜ自分が叩かれるのかあまり理解していないようでした。自分の主張をしただけで周りが攻撃してくると。実際は、不特定多数の人を(意図に関わらず)攻撃したから、反撃されただけだと思うんですけどね。

 サラリーマンだからといって、楽しくない生き方をしている訳では全くありませんし、組織に属するからこそ個人の力では成し得ない大きな仕事ができることもあります。みんなそれぞれに思い入れを持って仕事をしています。

 また、現実問題として、家族を養っていくという責任もあります。ローンを組む場合などの信用力にも大きな差が出ます。やっぱりサラリーマンで良かったと思うことも多々あります。

 好きな仕事をしたらいいって、言うのは簡単ですがどれくらいの割合の人がそれで生きていけるんでしょうか。

 そりゃあ、家族に対しての責任も無く、甘えるばっかりで、世間知らずで自分の事ばっかり考えている人間にそんなこと言われたらムカつくのは無理ないかもしれません。理想と現実がある中で、折り合いを付けながら生きているんですから。

 結婚、子育て、家のローン、親の介護、年金など、現実として考えておかないといけないことはたくさん出てきます。逆に言えばそういうことを考えないで良いうちに動けるだけ動いておくことが重要なのかもしれません。

 私も自分の主張をする際には、そうでない人を否定するような言動をすることが無いように意識していきたいです。これって知らず知らずの間にやってしまっている可能性が高いように思います。現にこれも批判ですもんね。