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うつにっき -うつ病の治療きろく-

うつ病の治療や過去の振り返り、新しい生き方の模索などを記録していくブログです。

依存先を増やすということ

うつ病治療のこと

toianna.hatenablog.com

 

 

 この記事を読んでなるほどなぁと思いました。内容はSNSや恋愛で承認欲求を満たそうとするケースを例に挙げて、一極集中依存の危険性に触れ、依存は分散すべきと締められています。最後の部分について、非常に心当たりがあったので少し書いてみたいと思います。

報酬を得られる場所を1つに絞りすぎると、そこがダメになったとき心が折れてしまう。だから依存は、しまくったほうがいい。ありとあらゆる方向へ、少しずつ。

最後に、脳性まひを患いながら小児科医でもある熊谷晋一郎さんの言葉を引用させていただき終わりとしたい。

”健常者はさまざまなものに依存できていて、障害者は限られたものにしか依存できていない。依存先を増やして、一つひとつへの依存度を浅くすると、何にも依存してないかのように錯覚できます。“健常者である”というのはまさにそういうことなのです。”

出典:自立は、依存先を増やすこと 希望は、絶望を分かち合うこと

 ここでいう「依存」というのは、一般的に使っている依存とは少しニュアンスは違います。精神的支柱とか、自己欲求を満たすものとか、単純に楽しめるものという意味に近いのではないかと思います。そして、その「依存」を1つに依存してしまうと怖いので、いろんなことに少しずつ依存するべきだということです。依存先が多いほど、1つの依存先への依存度は薄まります。

 健常者はさまざまなものに依存できていてというのは、うつ病になる前の私だったらピンとこなかったと思います。家族と一緒にゆっくりするのも依存、友達と会うのも依存、サッカーするのも依存、仕事も依存、美味しいものを食べるのも依存、好きな車に乗るのも依存。気分がワクワクしたり、リフレッシュしたり、和やかになったり、そんな何でもない当たり前のようなことでさえも我々は依存しているんだと思います。

 私がうつ病になってから、今まで当たり前だと思っていたことの多くが失われたり、困難になりました。人と上手くコミュニケーションを取ることも難しいし、頭の回転や体力が落ちたことで、仕事や趣味は以前のようにできなくなりました。やっぱりそれなりにできないと楽しめないものです。以前のイメージが自分の中に残っていることも追い打ちをかけて自分を苦しめます。

 今後も働き続けられるかわからないのでお金の不安も出てきて、気軽に美味しいものを食べに行ったり、着たい服を買うことさえも躊躇するようになりました。何かしようとしても、仕事に行くことで精一杯で、すぐに疲れてしまうし、たくさん寝ても回復しません。

 以前なら、お金が無いならないで楽しめる方法を探すという、無意識のうちにできていたことが、いくら意識してもできません。これが健全な状態の方との差だと感じています。健全な状態であれば、そもそも依存先が豊富にあるし、少しぐらい無くなっても簡単に新しい依存先が生まれてバランスをとることができるんだと思います。

 主治医の診察では、かなりの時間を割いて、私の興味の範囲を広げていこうとするような精神治療(対話)が行われていますが、その目的は依存先を増やすということに他なりません。今の自分には自由に依存先を作れる状態ではありませんが、少しずつ以前の状態に戻していきたいです。