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うつにっき -うつ病の治療きろく-

うつ病の治療や過去の振り返り、新しい生き方の模索などを記録していくブログです。

学習性無力感から抜け出す②

うつ病治療のこと

こちらの続きです。

for-happy-life.hatenablog.com

 

 上の記事では上手くまとめることができませんでしたが、私がうつ病になる前後では確実に深刻な学習性無力感に支配されている状態であったこと、そして再発を予防するためにはそこから抜け出す必要があると感じていることを書きました。

 今回は、下の記事で挙げられている2つの考え方(その1・正論に従う必要なし、その2・自分で自分を褒めよう)についての私の考えについて書きたいと思います。

kentaroupeace.hatenablog.com

 その1・正論に従う必要なしというのは、認知行動療法でいう「べき思考」をやめるということと同義だと思っています。

utsu-woman.hateblo.jp

 生きていく過程で身に付いた価値観により「こうするべき」と思う事柄はそれぞれ多く持っていると思います。これ自体は悪いことではないんです。でも、それを厳格に守ろうとするとどうしても無理が生じてストレスになります。

 自分が「こうするべき」と思っていることでも、冷静に考えると、別にそうであるに越したことはないけどぐらいのレベルのことも多いですし、状況によっては柔軟に考える必要があることもあります。

 あまり自分の考えやこだわりが無いのも芯が無い人間になってしまいますが、その時々の状況や環境によって柔軟に判断できることも大切です。

 どうしても守らないといけないこと、譲れないこともあります。逆に言えば、それ以外は他の方法を考えたり、妥協することも良いんじゃないかと思います。

 その2・自分を褒めようはコーピングの1つに位置付けられるのかなと思います。何ヶ月か前にNHKでもマインドフルネスなどと共に取り上げられていました。

www.nhk.or.jp

 言及元の記事のブックマークコメントの中に、こんな程度のことを自分で褒めてもむなしいとか、意味が無いというようなコメントがあったような気がしますが、これは「学習性無力感に陥っている」という前提からすると全く見当はずれなコメントです。

 学習性無力感に陥っている時点で、以前と同じように日常生活を送れていたとしても、達成感の無さや将来への不安感などに襲われている状態であり、深刻な場合は以前と同じことができていない状態に陥っていると考えられます。

 そんな中で、大きな達成感を感じるようなことをすることが無謀であり、学習性無力感に陥っている時点で恐らく達成は困難でしょう。そうなると学習性無力感がより酷くなる可能性が高くなってしまいます。

 それを前提とした上での「自分がやっている小さい出来事を褒める」なのです。自己啓発本などでも良く見掛ける、あと1時間しかないと考えるのか、まだ1時間あると考えるのかの違いに近いです。

 「こんなことしかできない」と考えるのか、「こんなことならできた」と考えるのは根本的なレベルでは大きなベクトルの違いがあります。程度の問題は別とすれば、プラス思考とマイナス思考ですよね。

 結局、学習性無力感から抜け出す①で書いたとおり、自分の日常に納得ができている状態であればうつ病はそうそうならないという仮説のとおりだとすれば、小さいことでも徹底的にストレスの掛かる考え方を、ストレスの掛からない前向きになる考え方に変えていくことが重要です。

 言うのは簡単ですが、こういうことは自動思考と言って反射的に脳が反応してしまうことなので、粘り強く意識して変えていくしかありません。

 最近は、寝る前にどんなささいなことでも頭の中で1日にできたことを思い返すようにしています。うつ病の回復期にある影響もありますが、続けていると段々出来ていることが増えている気がしますし、考え方も少しずつ変化しているように感じます。

 学習性無力感から抜け出すには、普通の状態からすると馬鹿みたいなことでも、上記のような取り組みをする必要があるし、何としても抜け出すことが大切だと思います。(うつ病が発症して急性期にある方は何よりもとにかく休むことが最優先です)

 あくまで私個人の考えや経験に基づくものでありますが、どなたかの参考になれば嬉しいです。